第36話 酢豚定食と保険診療|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第36話 酢豚定食と保険診療|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第36話 酢豚定食と保険診療

クリニックの前のファミリー通りの小路を少し入ったところに時々夕食を食べに行く中華料理屋さんがあります。
注文は決まって酢豚定食なので、定員の中国人のお姉さんは私の姿を見ると一般のメニューの上に定食メニューをのせてテーブルに置いていきます。メニューに目を通すこともなく “酢豚定食お願いします” と言うと、お姉さんは厨房に向かって中国語で “酢豚定食一丁(たぶんそう言っていると思います)”と叫びます。
中華鍋で調理をする威勢のいい音が聞こえてくるとまもなく、酢豚、ザーサイ、中華スープ、山盛りのライスそしてデザートの杏仁豆腐の乗ったトレイが運ばれてきます。
ぱさぱさしたご飯はともかくとして、味はまあまあでお腹がいっぱいになるお得なメニューです。
今日一日の出来事を振り返りながら黙々と熱々の酢豚を頬張ります。

 

ご存じの方も多いと思いますが4月から生殖医療に健康保険が適用され、人工授精や体外受精の多くの部分で保険診療ができるようになりました。
これまでの助成金が利用できなくなること、使える薬剤の種類や使用法に制限が加わること、採血や検査の回数が最低限に絞られること、同意書や治療履歴や治療計画書など必要とされる文書が数多くあることなどデメリットも多々ありますが、治療費が3割で済むわけですから患者さんにとっては朗報だと思います。
しかし、保険の概要が決まったのが年度末も押し迫った3月中旬、実際の運用法については暗中模索の見切り発車だったので、医療現場はどこもその対応に追われて、てんやわんやの4月を迎えました。

 

昨年の暮れ、保険導入準備のための研修会が何度か開かれました。その席で、産婦人科学会や生殖医療学会の役員の方たちが
“そろそろ、生殖医療もほかの医療と同じように保険診療の下で誰がやっても同じ結果が出るようにしましょうよ。今までは、いろいろな先生がこのやり方がいい。いや、こっちのやり方がいい。と百花繚乱の医療でしたが、そうではなくて、一定の費用で、一定の治療法で誰がやっても同じ結果が出るようにしましょう。”
と挨拶した言葉が耳に残っています。

 

“ああ、生殖医療にも定食の時代がやってくるのかな。”
そんな考えが私の頭を過っていきました。

 

YSYCでは無駄のない洗練された治療を穏やかな環境で実践することを目標に開院以来診療を重ねてきました。
必要な検査は徹底的に行う一方で、形式的に行われている検査は行わない。論文等の結果を鵜吞みにはせず、自分たちの目で検証して納得できたものだけを治療に取り入れる。丁度、プロの料理人の方たちが素材や調理法に強くこだわるように、患者さんにとって身体的にも経済的にも時間的にも倫理的にも無駄を省いた負担の少ない治療を、いくつもの こだわりで研ぎ澄ましながら、作り上げてきた経緯があります。

 

しかし、保険診療は決して必要で十分な治療をカバーするものではありません。現在行われている平均的な治療の最低限をカバーしようというものです。その点では、この料金でこのボリュームと味だったら文句は言えないという妥協の調和点である定食と似たところがあります。そして、残念ながらそこには心ある医師が大切にしてきたそれぞれのこだわり・・・・が入り込む余地はないように思われます。

 

食材や味付けにこだわった美味しい料理を作り手の気概とあわせてお客さんに楽しんでもらうような名店の時代は過ぎ去って、誰もがまあまあ満足できる味とボリュームと価格の定食を作る。そんな時代が生殖医療にもやって来たのかもしれません。

 

レジでお姉さんに1,000円札を渡し、100円玉2個のおつりを受け取りながら満腹感と共に店を出ました。
これからは心のこもった定食とはどんなものかを考えていきたいと思います。

 

2022年5月23日 院長 山下直樹