第31話 風見鶏
- 2021年3月2日
- 院長・医局
コロナワクチンの接種がようやく日本でも医療従事者を皮切りに始まりました。
インターネットやテレビはワクチン関連のニュースで毎日持ちきりです。
そんなニュースの中で印象的で考えさせられたものがいくつかあります。
欧米ではコロナに感染しても重症化しにくい若い世代へのワクチンの接種開始に向けて臨床試験が始まったそうです。そんな臨床試験にボランティアで参加した高校生の女の子が
“年少者のワクチン接種の道を拓く臨床試験に参加できてとても光栄だわ!”
と誇らしげに笑顔でインタビューに答えていました。
まだ高校生なのに自分の考えを持ったしっかりした女の子だと感心してしまいました。
同じころ、日本で始まった医療従事者向けの予防接種を受けた男性がワイドショーのリポーターに感想を聞かれて、
“ワクチンの効果のモルモットにされている気がして複雑だ。”
と苦笑いを浮かべて答えていました。
ワクチンの接種は本人の自由意志に任されていて、しかも一日でも早いワクチン接種を心待ちにしている大勢の人がいる中で、文句だけは言うけれど自分では何も判断できない情けない人に私には映りました。
イスラエルでは国民の半数以上がすでにワクチンを打ち終えていて、ちょうど何百万人目かのワクチン接種者になった老人が首相や関係者と笑顔で握手している姿が放映されていました。
このニュースに対して、日本の感染症専門家と言われる老先生がZoom画面の向こう側で
“予防接種が始まっても拙速は絶対に避けなければならない。”
と力説していました。
彼によると、判断を急がず、他国のワクチン接種の効果や副反応の様子を見ながら慎重にワクチン接種を進めていかなければならないそうです。
この方の意見を聞いて思い出されたのが、エピネフリンという薬剤の使用に対する米国と日本のスタンスの違いです。
様々な薬剤や卵、蕎麦、ナッツ類などの食材そして蛇や蜂などの毒等で起こる急激で重篤なアレルギー反応をアナフィラキシーショックと呼びます。一刻を争う緊急処置が必要とされる事態です。このアナフィラキシーに対する第一選択の薬がエピネフリンという注射薬です。
米国ではアナフィラキシーショックを診断する簡単な図説の後に次の文言が続きます。
Any delay in administering epinephrine greatly increases the chance of hospitalization. Delaying or failing to use epinephrine has been associated with fatalities.
Epinephrine first, Epinephrine fast.
(エピネフリンの投与が少しでも遅れると症状が重篤になり入院加療が必要となる可能性が非常に高い。エピネフリン投与の遅れや不使用は生命にかかわる。
エピネフリンが第一選択、エピネフリンの少しでも早い投与を)
一方、日本ではアナフィラキシーの診断法の解説が長々と続いたあと、エピネフリンの効能書き、投与時の注意点、そして、使用後の副反応が長々とそして淡々と続きます。
まるで積極的に投与せず、救急隊の到着を待っていたほうが(自分のためには)安全だよと勧めているようです。
このように薬の使い方ひとつをとっても
(するべき)何かをしないと非難されるアメリカ
と
何かをして (問題が起こったら)非難される日本
という構図が鮮明になってきます。
今の日本の社会は、問題を解決しようとして積極的に行動を起こした時、その結果がうまくいかないと、俄か批評家が湧きだしてきてマスコミやSNS等で非難の嵐の晒しものにする傾向があります。リスクを伴うことはすべて他人任せにして、無責任に批評をしながら横目で成り行きを観察し、うまくいきそうな感触が得られたら、まるで自分の手柄でもあるかのように吹聴する。そんなやり方が利口でうまい生き方なのかもしれません。
去年の初めにコロナが世界中に蔓延し始めた頃、ワクチンの製造は日本が早いだろうと期待を持って考えていました。なにしろ、日本の過剰なほどの抗生剤の投与量や毎年繰り返されるインフルエンザワクチンの高い接種率などから推察すると抗生剤の創薬技術やワクチンの製造技術に対して最新の設備とマンパワーが備わっているだろうと思っていたからです。
ところが蓋を開けてみるとその期待は大きく裏切られ、いち早くアメリカと欧州がワクチン製造に成功し、そしてロシア、中国が続きました。
この体たらくに対して、日本の製薬関係の専門家は
“現在、第二相の臨床試験が始まったばかりで一周遅れですが、安全で効果の高いワクチンの製造を目指して頑張っています。”
と話していました。
その頃のマスコミは、ロシアや中国のワクチンの品質や安全性を揶揄する論調の多くの記事を流していました。
ところが、購入契約を結んだ欧州やアメリカのワクチンが、自国民への優先接種のため日本に予定量が入ってこないことが明らかになると、手のひらを返したように、ロシア製のワクチンの有効性を英国が報告しているから、その使用も検討していると発表し始めました。
日本は長年、人口当たりのベッド数は世界一であると自負してきました。しかし、このベッド数はお金儲けのためのベッドであっても、高度な治療を行えるベッドの数ではないようです。
コロナ感染症のパンデミックという経験したことのない逆境の中で、様々なことの本当の姿があぶりだされてきています。
風に身を任せて風向きを教えてくれる風見鶏は役に立つ働き者ですが、自分で考え自分で決めるというリスクを負わず、その時々の情勢に右往左往しながら良いとこ取りをしていく風見鶏のような生き方は、リスクの少ない賢い生き方ではあっても、誰からも敬意を払われない生き方のように思えます。
自分の信念に基づいて自分で判断し、結果のすべてに対して責任を持つ。
苦労が多くてもそんな生き方をしていきたいと思います。
2021年3月2日 院長 山下直樹