第9話 リバイバル(復活)
- 2014年9月16日
- 院長・医局
YSYCの院長室には15号の大きなテラコッタ鉢にオリーブの木が植えてあります。
オリーブといえば青空に向かって伸びる枝に銀緑に輝く葉が繁り、乾燥にも負けることなく、その実りを人々にもたらすという爽やかで健やかなイメージがあります。地中海地方のまぶしい陽光、雲ひとつない青空と頬を撫でる乾いた風、紺碧の海そして階段状に積み重なる白壁の家々。絵葉書のような風景がこの木のイメージにオーバーラップします。冬季には曇天が続き、雪が降りしきる、天候に恵まれない金沢で生まれ育った私はオリーブの木に憧憬を抱いてきました。そのため、自分の心が弱くなった時、暗くなった時の支えにしようとYSYC開院の際にこの木を購入し、院長室に飾ったものです。それから五年、木全体に均等に日差しが当たるように窓際に置いた重いテラコッタ鉢を二週間に一度180度ずつ回転させ、毎日でも水をやりたい気持ちをぐっと堪えて水のやり過ぎによる根腐れを防ぎ、害虫がつかないように霧吹きで葉水をかかさず、折角伸びた新芽も繁り過ぎて風通しが悪くなるのを防ぐためにしっかりと剪定し、文字通り丹精込めて育ててきました。その甲斐あって、YSYCに来た時は私の肩ぐらいだった樹高が今は軽く私を越し、院長室の天井に届きそうな勢いです。
このオリーブの木の成長と歩調を合わせるようにYSYCも順調に大きくなり、そしてこの木が白衣に着替え院長室から診察室に向かう私の後姿を一日も欠かさず見送ってくれたこともあって、いつの頃からか私はこの木をYSYCの化身と感じるようになっていました。この木を育てていて色々なことを学びました。生き物は何でもそうなのでしょうが、愛情を注がず放置しておくと早晩元気をなくし枯れてしまいます。常に気に掛けていることが必要です。しかし、水や肥料のやり過ぎなど手を加え過ぎると、今度は、根が健康に育たず腐ってしまいます。厳しすぎても枯れてしまうし、甘やかしすぎても腐りはじめる、まるで育児と同じだなと思います。また、木の内向きに育つ枝(内向枝)は勢いがあっても他の枝を傷つけ全体のバランスを乱すため剪定しなくてはなりません。同じ方向に競い合うように育つ枝(平行枝)は養分を奪い合い、結局は共倒れになりがちなのでどちらか一方を剪定することが必要となってきます。バランスが良く、無駄のない強い木に育てるにはただ伸びるに任せておけばよいものではないようです。ただの観葉植物一本の世話ですが、そこには人を育て、会社を経営し発展させていくヒントが散りばめられているように感じます。このように思い入れの強い木ですから、自院ビルを建てた際には、アプローチの中央に移植し来院される患者さんを一番に迎えてもらおうと密かに青写真を練ってきました。
ところが、今年の暑さに負けたのか、八月初め頃から、葉が水気が無くカサカサに丸まり、次から次へと落葉しはじめました。水やりをしても、栄養剤を与えても、勢いのない枝を剪定しても落葉は止まらず、帰宅時に落ち葉を片付けても、翌朝部屋に入ると床の上には落ち葉がうず高く積もっているという非常事態を迎えて、とうとう私は知人の植木屋さんに相談しました。オリーブのこの惨状を一目見て彼はあっさりと言いました。“よく持ちましたねー、もう五年でしょ。オリーブは難しいんですよ、特に鉢植えは。あーあー、この枝もだめだし、あの枝もだめだし・・・・”もう諦めたほうがよいという口調です。ノアの方舟の時代から平和のシンボルとして鳩にくわえられ、千年の寿命を持つ縁起の良い木だと伝承されてきたオリーブの生命力を信じてきた私は“大切に育ててきた木だから、できるだけのことをして欲しい”と彼に頼みました。
新しい土を入れられ、枯れた枝を大胆に刈り取られたオリーブの木は二回りほど小さくなって、柔らかくなった秋の陽射しの中で静かに佇んでいます。
私はオリーブのリバイバルを信じています。
2014年9月16日 院長 山下直樹