第16話 医療の中のカリスマ|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第16話 医療の中のカリスマ|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第16話 医療の中のカリスマ

最近、カリスマ医師やカリスマ教師などカリスマという言葉がマスコミやネットで汎用されています。
カリスマについて調べると、カリスマ性を持っている人間は共通して、決して自分の不安を人前で口にせず、自分が不安を感じていることを周囲の人に微塵も気づかれない術を心得ているそうです。

人は誰しもひとつやふたつの不安を抱えており、普通はその不安を口にしたり、態度や表情に出すことで、不安から逃れ心の安定を求めようとします。けれども、不安は湖面に生じた波紋のように音もなく周囲に伝わっていきます。人の不安な話を聞いた時、意地悪な微笑みが自然と浮かぶ人は別として、前向きな気持ちになれる人はおらず、たいがいは暗い気持ちになります。心が不安定でいつも揺れている人からはひとりまたひとりと友人が離れていき、気づくと誰もいなくなってしまうのはそんな負のスパイラルを人が嫌うからかもしれません。

人の心は弱く、心の奥底では変わらない何かを求めています。とりわけ、心に不安を持った人は、確かなものを求めて盲目的に人を信じこんでしまう傾向があるようです。
心が揺れ、あてどもなく彷徨っている人にとって、
自分の考えや行いの正当性を強く信じこんで全く疑わない姿。
唯我独尊なまでに自分の意見やスタンスを押し通す姿。
は新鮮かつ魅力的に映るようです。そして、そのような存在を人はカリスマと呼び、強烈に惹かれていくことになります。ぶれることのないカリスマの側にいると、不安は霧散し、心は癒され、安定化していく。そして、さらに心酔するようになる。それがカリスマの原理だそうです。

医療に携わって30年以上の歳月が流れ、多くの医師と出会ってきました。その中にはマスコミや患者さんからカリスマ医師と祭り上げられ騒がれていた医師も何人かいました。彼らはもれなく明晰な頭脳を持ち、口がたちました。そして、呆れるほどに自己陶酔型の自信家でした。しかし、その自信の後ろ側には深いコンプレックスも見え隠れしました。プライベートでは、いつもの自慢話の間に弱気や愚痴を垣間見せることはあっても、翌日にはすべてを忘れ去ったように自信に満ちあふれた態度で診療にあたっていました。
その功罪はともかく、たしかに彼らは一世を風靡し、その時代、その分野の寵児でした。

今年初め、北関東の大学病院で5年間という短い期間に肝臓癌の手術を行なった92名の患者さんのうち18名の患者さんが手術と関連して亡くなられたという記事が紙面を賑わせました。ネットや週刊誌では、執刀医の技術の未熟さ、診断の甘さ、手術説明の不足、術後管理の不適切さなどが糾弾されていました。そして、例のごとく手術した外科医本人ではなく医学部長、病院長がカメラの放列に向かって深々と謝罪している姿がまばゆいフラッシュの中に映し出されていました。
患者さんの無念や、御遺族の悲しみを考えると言葉がありません。

ただ、一連の報道の中で私が不審に思ったのは、このSNSが発達した時代にどうして彼の失敗がもっと早い時期に噂となり発覚しなかったのだろうか?さらに、普通の外科医の場合、自分の執刀した患者さんが手術で亡くなられると、トラウマとして長く心に残り、同じ手術をするにはよっぽどの決意が必要なのに、どうしてこの医師は同じ失敗を短期間に何度も繰り返すことができたのか?ということでした。

“この手術の成功率は50%です。手術を受けても必ずしも病巣を取り切れるわけではありません。また、病巣の傍を通る大きな血管を傷つけて大出血にいたる場合があります。もちろん不測の事態に備えて最善を尽くす所存です。また、リスクのある手術を避けて抗癌剤や放射線を用いて腫瘍を小さくして延命をはかる選択肢もあります…。”
などと術前に説明が入るのが進行癌の手術では一般的です。そして、説明の最後には不測の事態が起こっても一切病院に不服を申し立てないという誓約書への署名が求められます。

対照的に、彼の手術説明は短時間で終わるとても簡単なものだったそうです。
“大丈夫。心配いりません。私に任せておきなさい。”
藁をもつかむ心境の患者さんにとって明快で自信に満ちた彼の説明はとても頼もしく耳に響いたことでしょう。自分の命が助かるかどうかの瀬戸際に50%、60%という数字は患者さんの脳裏を意味も持たずに通り過ぎてゆくだけで、話し手の落ち着きや自信に満ちた態度の方がずっと幅をきかせることは想像に難くありません。

報道されている諸々の事実から推察すると、私の二つの疑問の答えは“彼がカリスマだったから”のような気がします。数をこなして手術が成功した患者さんにとって、自信に満ちあふれた彼はたしかにカリスマ医師だったでしょう。そして、彼の自分の腕に対する過信は自省する心を麻痺させ、手術がうまくいかないのは病気が進行していたためで、自分の技術のせいではないと考えていたのではないかと思います。そうでもなければ、短期間のうちに同じ失敗を何度も繰り返して患者さんの命を無駄にすることなど到底できないと思います。

彼はカリスマ医師になりたいと思い、カリスマを演じている間に、根拠のない自信だけが独り歩きをして。いつの間にか自分が万能のカリスマ医師だという錯覚に陥ってしまったことが一連の悲劇の要因だったように思われます。

それでも、今週も『私、失敗しないので』を決め台詞に米倉涼子さん演じる天才外科医大門未知子は困難な手術をこなし、高視聴率を稼いでいます。
人はやはりカリスマに憧れ、魅せられてやまないのかもしれません。

中島みゆきさんの名曲「糸」に
“縦の糸はあなた 横の糸はわたし
織りなす布は いつか誰かを 暖めうるかもしれない”
という私の好きな一節があります。

YSYCでは縦糸に科学的根拠と経験に裏打ちされた自信を持ちながらも、自省と謙虚さを横糸として、その織りなす布で患者さんの心を暖めていけたらと考えています。

 

2016年12月21日 院長 山下直樹