第4話 “ ガツンと秋 ”
- 2012年10月1日
- 院長・医局
夕暮れ時の哀愁を誘うひぐらしの鳴き声が、お日様が沈む頃にはどこからともなく聞こえてくる秋の虫の声にとって変わられる、この季節にしか味わえない繊細な季節の移ろいを感じることもないまま、暑いだけで全然爽やかではなかった今年の夏がどしゃ降りの雨とともに幕を閉じようとしています。朝晩急に肌寒くなって、ドラマチックと言えばドラマチックだけれど、ある日突然ガツンと秋みたいな感じの今日この頃です。
今年の夏といえば、やはりロンドンオリンピック。ついこの間のことだったのですが、多忙な日常に埋もれてもう遠い昔のようにも思われます。世界中から集ったアスリートの戦いの中で私の心に強く残った二つの場面があります。
まずひとつめは、女子卓球の団体戦。準決勝でシンガポールを下しメダルが確定した時、福原、石川そして平野の三選手が小躍りし、抱き合いながら感極まり涙したシーンです。苦しかった練習、重くのしかかるプレッシャー、自分の目標のために犠牲にしてきた多くのこと、いろいろなことが彼女達の脳裏をよぎったと思います。しかし、あの喜びの爆発はおそらく個人戦では味わうことのできない大きく深い歓喜のように感じられました。心を一つにしてともに戦ってきた人、苦しみや喜びを分かち合ってきた人、そんな人がいると同じ喜びが二倍にも三倍にも大きくなることを改めて教えてもらったように思い、見ている方も感動で目頭が熱くなりました。人生も同じくひとりきりでは戦いきれない、誰かと力を合わせなければやっていけない団体戦のようなところがあります。ささやかな喜びでも大きく膨らませてくれる、そして多種多様な苦難を少しでも小さくしてくれる良き伴侶、良き友に恵まれることで、人生の豊かさが随分違ってくることを三人の選手の姿が物語っているように感じました。
もうひとつは女子体操の団体戦の平均台に出場していた選手です。彼女は北京オリンピックでは補欠で結局出場できず、このロンドンの幅十数センチの平均台上が彼女の初の晴れ舞台になるはずでした。出場できなかった北京の分も含めれば約10年間の彼女の時と思いが数分間の演技に凝縮されるわけです。しかし、残念ながら彼女は極度に緊張し、台上でふらつき、そして着地では回転不足で頭から着地するという不本意な演技で終わってしまいました。うなだれてベンチに座っている彼女の何とも言えない無念の表情は見ているこちらの方が気の毒になるほどで、彼女の表情をアップで捉えようとするカメラマンが腹ただしく思うほどでした。彼女を支えてきてくれた家族やコーチには涙以外に言葉はないだろうと思います。きっと、彼女の中で栄光の晴れ舞台が苦痛を伴ってしか思い出すことのできない苦い思い出に姿を変えていることと思います。
もう三十年近くも前になりますが私が医学部の大学院生だった頃、関節炎の研究をしていました。ある日担当教授から日本関節医学会総会のパネルデスカッションでパネラーを務めるようにと連絡が入りました。パネルデスカッション?パネラー?私はなにも知らないまま、ましてやなんの理論武装もしないまま自分の動物実験データーだけを携えて学会場に出向きました。私を待っていた大きな会場の壇上には自信に満ちあふれた有名な研究者の方たちが円卓を囲んでいました。先生方の議論が白熱する中、私は一言も発言することができないままセッションが終了しました。学会後、教授から“あれ以上の三振はないから気にするな。”という叱責とも慰めともつかないような意味深な言葉をかけられたのを今でも記憶しています。あれから随分と時間が経ちましたが、今思い出しても心が歪むのを感じるくらい嫌な思い出です。しかし、ドイツ人ならばカノッサの屈辱といいますか、マッカーサーならばI shall return.といいますか、捲土重来そんな屈辱感や劣等感があったからこそ、それらを一日一日を頑張る糧として今日までやってこれたような気がします。名も知らぬ彼女が、今日の屈辱を頑張る原動力に昇華させてくれることを心から祈っています。
それにしても、今年は暑い夏を乗り切るために“ガツンとミカン”にはお世話になりました。ありがとうございます。
2012年9月30日 院長 山下直樹