第46話 旧友|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第46話 旧友|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第46話 旧友

“山下君?”その男性は少し不安げな表情を浮かべながら私に声をかけてきました。
“いやー、松本君。久しぶりだね。懐かしいなあ。” 遠い昔に聞いた覚えのある声に
彼を確信してそう答えました。白髪が混じり、少し小柄になったけれど少年時代と同じ人懐っこい彼の笑顔が長い時を超えて私たちを中学時代の二人に連れ戻してくれました。

 

朝の採卵を終えて診察室に戻ると、“松本さんという方が先生に会いにいらっしゃいました。今、手術室に入っていますがしばらくお待ちいただけますか?と尋ねると、“いや、また来ます”と答えて手土産を置いて帰られました。”と受付さんから連絡がありました。
松本、どの松本さんだろう?手土産に添えられた名刺に目をやると中学時代の旧友の名前がありました。
松本君かあ。遠い昔の思い出を辿ると彼の人懐っこい笑顔が浮かび上がってきました。

中学時代の彼は冗談交じりで言ったことでも真に受けて取るような生真面目なところがある少年で、白い歯をのぞかせてはにかんで笑う笑顔がとても印象的でした。彼と私はどこか馬が合い、夏休みを利用してサイクリングや海へキャンプに行ったり、ユースホテルを使って京都の寺社を巡る旅をしたりしました。
能登の海へキャンプに行ったときは沖合の島まで泳いで渡り、潮だまりの魚を手づかみで採ったり、照りつける太陽の下で甲羅干しをしたり、少年の夏の日を満喫しました。

気の合う級友でしたが別々の高校に進学し、彼は東京の大学に、私は地元の大学に進学したこともあり、それ以降はなかなか会う機会もなく、年賀状だけがお互いの近況を知る手段となりました。

それからおよそ半世紀。途方もなく長くて、けれども瞬く間に通り過ぎたようにも思われる時間が流れていきました。

彼は大学を卒業し、東京の大手の建設会社に入社し、多くの街の駅前再開発に携わって来たそうです。藤沢の隣駅の再開発も手掛けたそうで、自分が図面を引いた街にはとても愛着があって、時間があるとぶらり立ち寄って、生まれ変わった街の雰囲気を楽しんでいると年賀状に書かれていました。

彼との懐かしい思い出が名刺に印刷された彼の名前と重なり、無性に会いたいなと思いました。

 

西新宿の高層ビル街は彼が定年退職後も嘱託として働いている場所であり、私にとっても生殖医療のいろはを十年近くの間学んだ思い出深い場所でもあり、西新宿の彼の馴染みの小料理屋で会うことになりました。

小さいけれど趣のある店に入ると、彼は女将さんの勧める地酒をたのみ、下戸の私はビールで再会の杯を交わしました。次から次へと尽きない思い出話に花を咲かせるよりは、しみじみとした懐かしさに静かに浸っている方が心地よく、彼の話に耳を傾けました。
“山下、能登の黒崎海岸へキャンプに行ったの覚えてる?”
“ああ、覚えてる。今でもたまに思い出すことがあるよ。楽しかったね。沖合の島まで泳いだね。あんな無茶、あの頃じゃなくちゃできないよね。泳ぎ切れるかわからなくて内心冷や冷やだった。”
“えっ、山下もそうだったの。僕も怖かったんだ。水泳部で泳ぎの得意だった辻口はどんどん泳いでいくし、山下もそれに続いて海に入っていったからね。もう、行くしかないよね。必死に泳いだ。足の届かない波のある深い海を100メートル以上も泳いだことなんてなかったからね。だから、岩に手が届いたときはほっとした。怖かったなんて言えないから黙ってたけど、ほんと忘れられない思い出だよ。山下もおんなじだったなんて50年ぶりに初めて知ったよ!”
と新しい発見でもしたかのように嬉しそうな笑顔を添えました。

旧友は、思い出をただ共有するだけの存在ではなくて、懐かしい思い出をさらに大切なものに新生してくれるかけがえのない存在であることを実感した時間となりました。

長い別々の時間を通り過ぎて、中学時代とは別人になった二人が当時の思い出を絆にして、さらに思い出が熟成していく温かさを感じながら、何度も振り返って手を振る彼の背中を見送りました。

 

2024年5月14日 院長 山下直樹