第21話  岐路|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第21話  岐路|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第21話  岐路

夏休みを利用してオーストラリアのメルボルンを訪れてきました。

今から20年以上も前のことになりますが、仕事に深い行き詰まりを感じていた時期があります。

当時、私は金沢赤十字病院産婦人科診療部長の職に就いていました。進行癌の手術やハイリスクの分娩も多く、責任が重く心身をすり減らすことの多い毎日でしたが、それはそれなりにやりがいもあり安定した生活でした。家族に恵まれ、余暇には友人とゴルフやテニスを楽しみ、こうして同じような一日を繰り返し、歳を重ねていくのが人生というものなのだろうと自分自身を納得させていました。

けれども折につけ、眼前に続く道が単調で輝きのない道程にも見え、“本当にこのままでいいのだろうか?”と自問自答する日々が続いていました。

当時、癌関係の課題が主流であった産婦人科学会で、ほんの脇役に過ぎなかった生殖医療(当時は不妊治療)が体外受精の成功とともにその勢いを増し、脚光を浴びるようになっていました。人の命を延命する癌治療や自然にできた赤ちゃんの無事な誕生をサポートする産科治療が意義深いものであることは論を待ちません。しかし、新しい生命誕生の手助けをし、挙児を希望されるご夫婦の夢を叶える生殖医療が、厚い壁にぶつかっていた当時の私には曇天の空に射す一筋の光明のように思われたことを覚えています。そして、今まで築き上げてきた仕事と生活にピリオドを打ち、生殖医療を残りの人生のライフワークにしようと決意したのです。周囲の多くの人々に心配と迷惑をかけ、自分の我儘で新しい道を進むわけですから失敗は許されないし、この道で一流になるしかないと思いました。

当時、世界の生殖医療をリードしていたのはオーストラリアのメルボルンにあるMonarch大学とアメリカのワシントンの南に位置するNorfork大学でした。

子供の頃から地図を見るのがとても好きでした。この山に囲まれた湖の湖畔から眺める景色はどんなだろうとか、このエキゾチックな名の街を歩いてみたいとか子供心をときめかせながら地図に見入り、遠い異郷の地に思いを馳せたものでした。

今は知りたいことがあればウェブサイトやSNSを通して有り余るほどの情報を容易く手に入れることのできる時代です。しかし、私の子供の頃は何か詳しく知りたいことがあると、書店で本を買うか、図書館に行って調べるしか方法はありませんでした。それでも、得られる情報はとても限られていて、憧れはさらに膨らみ旅情は募っていきました。

そんな子供時代からの私の憧れの街には、キリスト復活の聖地エルサレム、東欧の真珠プラハ、北欧の洗練された都市ストックホルム、歴史の中に埋没した哀愁のリスボンなどと共に耳に優しく響くオーストラリアのメルボルンがありました。

 

そんな少年時代からの憧れが無意識のうちに後押しをしてくれたのか、“メルボルンに行って最先端の生殖医療を学んで来よう”という思いが心の中を埋め尽くしていきました。

赤十字病院に辞表を提出し新しい道の第一歩を踏み出しました。Monarch大学へ研究研修医として応募する旨レジュームを郵送し、赤十字病院の退職金を当座の家族の生活資金として充当しメルボルンへ単身渡航する準備を始めました。渡航前に、生殖医療の経験値を少しでも上げようと、その頃日本の不妊治療の先頭を走っていた不妊治療施設3施設に依頼し、見学させていただきました。そして、メルボルンからの回答を待っていた矢先、見学先の院長から“山下先生、うちが生殖医療で世界一になる施設だ。うちで勤務したらどうだ。しばらくたったらMonachでもNorforkでも好きなところに研修に行かせてあげるから。”と電話をいただきました。

その一本の電話が私の人生の大きな分岐点となりました。その言葉に有難さと未来を感じた私はメルボルンへの渡航はやめ、東京で生殖医療を学ぶ道を選び、それから20年、今に至る道を歩いています。

 

南半球に位置するメルボルンは丁度真冬で、南氷洋から直接吹き込む霙交じりの雨風が街を冷たく濡らしていました。子供の頃からずっと憧れてきた街、叶わなかった夢の街メルボルンでしたが、残念ながらゆっくりと感傷に浸りながら街を散策することはできませんでした。雨粒が次から次へと流れていくトラムの車窓から歴史と現代が調和した美しい街並みを見ながら、20年前にこの街に渡っていたら、旅人ではなく通勤客として同じ風景を眺めていたかもしれないな。と思いました。

分岐しながら街中をそれぞれの目的地に続いていくトラムの線路が人生と重なって見えました。

2018年9月17日 院長 山下直樹