第13話 2016年年初に思うこと
- 2016年1月6日
- 院長・医局
皆さん、明けましておめでとうございます。
2015年は診療、経営、人事、研究などクリニックの業務はもちろんのこと、父の介護、母の病気の治療、娘の大学受験、自分の健康管理など私的にもいくつも仕事に追われ、周囲の人の助けを受けながらひとつひとつの課題に対応しているうち瞬く間に過ぎた一年でした。
“歳とともに月日の経つのが早くなっていく”という言葉をよく耳にします。たしかにそのとおりだなあと感じます。しかし、ただ嘆いていてもしかたがないので、最近は“何かをしようと頑張っていたから月日の流れが早かったんだ。時の流れを緩やかに感じたらそれは何もしなかった証拠だ”と考えるようにしています。
33歳で夭逝した作家の中嶋敦さんは山月記の中で
“人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い”
と語っています。彼の名言が身にしみる昨今です。
昨年末に出席した他院の忘年会は司会者の“今日は今年の憂さをすべて忘れ、きれいに洗い流して、楽しい時間を過ごしてください!”という月並みな言葉で開会しました。少々理屈っぽいですがその言葉にはすごく違和感があって、そんなのでいいの?嫌だったことや失敗をそんなに簡単に忘れ去っていいの?という感じで聞いていました。そして、YSYCの仕事納めのミーティングでは“来年ブラッシュアップした自分に会えるように、今年出会った苦い思いを心に刻んで同じ失敗を繰り返さないように努力してください”とスタッフに告げました。
患者さんの笑顔や涙、特に落胆の涙は、とても重いですが医師が忘れてはいけないもの、心に刻まなければならないものだと思っています。
昨年も多くの患者さんの笑顔と涙に出会いました。
中国雲南省からYSYCの中文のホームページを頼りにはるばる受診されたAさん。
中国内外の様々な施設で“卵巣の機能が非常に低下しているから、もう赤ちゃんは諦めるように”と言われてきたそうです。藁をも掴むような心細げな目をしていました。ホルモン値を診ながら適宜卵巣刺激を行い、その結果ようやく卵胞が1個はかなげに育ってきました。そして採卵の結果、ついに卵子を手に入れることができました。その未熟な卵を体外培養で成熟させ、顕微授精を行い、胚を凍結することができました。YSYCの臨床と培養の力をとても誇らしげに思った結果でした。今春早々彼女は再来日し移植する予定です。
夢が叶えば、彼女にとって笑顔に満ちた素敵なミラクルになると思います。
絶対自分たちで妊娠してみせると10年間タイミングを計ってきた48歳のBさん。
そろそろ生理も乱れてきて閉経しそうな気がする。最後に一度だけ体外受精をしてダメだったらきっぱり諦めますとさばさばとした口調で話されました。そして、体外受精を行った妊娠判定日。期待と不安が入り混じった表情で診察室に入ってこられました。
“残念ですがうまくいきませんでした”と結果をお話ししたところ“えっ、ダメだったですか!”と言ったきり、診察室の机に頭をつけ左右に振りながら“どうして、どうして”と涙声で繰り返されました。初診の時のさっぱりとした気丈な態度が頭にあったためか、思いがけない彼女の反応にかける言葉も見つからず、重苦しい雰囲気の中で長い長い時間が過ぎていきました。私の中に、彼女は年齢からダメでも元々と考えていらっしゃるだろうとタカをくくっていた部分があったのだと思います。患者さんの治療に対する期待の大きさを改めて心に刻んだ時間でした。
患者さんの落胆の涙をしっかりと心に刻み本年の診療にあたりたいと考えています。
2016年1月4日 院長 山下直樹