第17話 夢を掴む
- 2017年3月22日
- 院長・医局
先日、次女の大学受験が終わりました。
次女は子供の頃からとても動物が好きで、犬を飼いたい、犬がだめなら猫を飼いたい、それもだめならタツノオトシゴが欲しいなど私の顔を見るたびに言い続けてきました。娘にせがまれて、遠方のブリーダーまで気に入った犬種の子犬を見に行ったり、ネットでタツノオトシゴ飼育セットを探したりといろいろと娘に付き合ったことを覚えています。彼女の夢を叶えてやりたいと思ってきましたが、私が単身赴任のため月に二度週末にしか金沢に帰れなかったことや、娘は娘で受験やクラブ活動で時間に追われていたことから、なかなかペットを飼う希望は叶わぬまま時は過ぎていきました。
そんな彼女が高校生になり大学受験の進路を決める時期になりました。“お父さんは何がいいと思う?”と娘に相談された私は、“獣医さんはどうだい。毎日動物に会えるし、病気が治ると動物も喜んでくれるよ。”と答えました。しかし、娘は私の答えにまるで頓着せず、“私もお父さんみたいに医者になりたいな。医学部受験してみるよ。”と答えました。“自分でやりたいと思うなら応援するけど、医者はやり甲斐はあるけど大変だよ。神経使うし、重労働だし…。”
こうして、彼女の医学部受験の戦いが始まりました。
しかし、進学高校受験ですべての気力を使い果たし燃え尽きてしまったのか、彼女は高校時代をフワフワとした夢の世界で過ごしたらしく成績は芳しくありませんでした。彼女の医学部受験に対する認識は甘く、当然の結果ですが、現役合格を手にすることはできませんでした。
東京で予備校生活を始めた娘と月に1、2度一緒に食事をしました。彼女は子供の頃から周囲にとても気配りをする人間で、私に会うときは少しでも父親を喜ばせたいと考えたのでしょう、メイクをしっかりとし、誕生日にプレゼントしたバッグやアクセサリーで着飾って待ち合わせ場所に現れました。そのとても予備校生とは思えないいで立ちに、娘の優しさを感じながらも、自分の夢を掴み取るために必要ななりふり構わない必死さを彼女から感じることはできませんでした。
食事中は勉強の話をしたり彼女を叱咤激励したりすることはなく、“合格したらいろんなところへ旅行に行きたいねえ” “あの頃は楽しかったねえ。テニスしたり、海に潜ってニモに会ったり”など楽しかった思い出話に花を咲かせました。周囲の人が二人のやりとりを聞けばとても受験の差し迫った浪人生とその父親の会話には聞こえなかったと思います。彼女の夢見るフワフワとした性格は父親譲りなのかもしれません。診療の合間や夜中に数学や化学の要点を私なりにまとめて作ったノートを別れ際に娘に渡して“時間があるとき目を通したらいいよ”とだけ言って帰路についたものでした。
娘の第一志望の合格発表日はアメリカ生殖医学会で出張中のソルトレイクシティーで迎えました。日本とは15時間の時差があり、発表は現地の深夜3時でした。時差ボケもあり、発表時刻まで眠ろうとしても眠ることができないまま時が過ぎるのを待ちました。Web siteを開き娘の受験番号を探しました。しかし、残念ながら彼女の受験番号を見つけることはできませんでした。ネットを閉じても妙に頭が冴えて窓の外が白々と明るくなっても寝付くことはできませんでした。空白の時間が過ぎました。“先生!先生!”部屋のドアをドンドン叩く音で飛び起きました。一緒に学会に参加した同僚が、出発時間がとうに過ぎても姿を現わさなければ、ルームコールをしても出ない私を心配して呼びに来たのでした。後にも先にも寝過して集合時間に遅れたのは初めての経験でした。娘の結果が思った以上に心に堪えたのかもしれないなと送迎の車の中で小さくなりながら思いました。
二回目の合格発表は、娘には伝えませんでしたが、入院中の病床で迎えました。手術が終わって麻酔が覚めかけた朦朧とした意識の中で、点滴や導尿のカテーテルにつながれた無様な格好で、受験した大学のHPを開きました。たくさん並ぶ数字の列を目で追い、メモした娘の受験番号を探しました。しかし、今回も見つけることはできませんでした。“神様も仏様も厳しいなあ。ちょっとは微笑んでくれてもいいのに”と恨み言を呟きながら、再び術後の痛みと眠りが交錯する暗闇の中に落ちていきました。
最後の受験の日が近づいた或る日の夜、饅頭やチョコレートの入った袋を片手に娘を訪ねました。予備校の前に私を迎えに出ていた彼女は化粧もせず、髪を一つに束ね、街灯の中で青白い顔をしていました。
“疲れた時に食べたらいいよ。”
“お父さん、ありがとう。わざわざ遠くまで来てくれて”
“風邪ひかないように気をつけるんだよ。”
見送る彼女を背中に感じながら、フワフワしていた彼女の顔に夢を叶える人の必死さを見たように思いました。
最後の受験校の発表の日。診療で夕方まで発表を見ることができなかった私の携帯に娘からメールが届いていました。
「本当は医学部合格をお父さんに知らせたくて頑張ってきたから満足のいく結果ではないけど、少しでも家族のみんなを笑顔にできる結果になりました。良かったです。お父さんの力に頼ろうとしたり、へなちょこな私が自分の力で何かを掴み取れたのは高校の受験以来です。自信になります。それを気づかせてくれてありがとう(*^^*)」
第一志望の大学、学部ではなかったけれど彼女は自分の力で道を切り拓き、夢を掴みました。
娘のことをとても誇らしく思うと同時に、満ち足りた人生を歩んでほしいと思います。
新たな旅立ちが始まる春はどこか心ときめいてとても素敵な季節だと思います。
ベランダで飼っているメダカが、柔らかな春の陽射しの中で気持ちよさそうに日向ぼっこをしています。
2017年3月22日 院長 山下直樹