第40話 エポックメイキング|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第40話 エポックメイキング|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第40話 エポックメイキング

エポックメイキングという言葉があります。

この言葉は、ある発明や出来事がそれが出現する前後の時代や社会を大きく変えてしまうような画期的なイベントを表現するときに使われます。ここ10年程ではスマートフォンの普及やSNSの発達がエポックメイキングな出来事ですし、医療の分野では再生医療の発達やAIの導入がこれまでの医療の不可能を可能にするエポックメイキングな治療になる可能性を秘めています。

 

 

 

上のグラフは日本産科婦人科学会が毎年公表しているART(体外受精、顕微授精、凍結胚移植)の治療成績です。一回の胚移植(受精卵をお腹に戻すこと)でどれくらいの割合の方が妊娠したかを表しています。そして、グラフには“この10年間では凍結胚移植30-35%、体外受精20-25%,顕微授精20%前後で治療成績は横ばいになっている”とコメントが添えられています。

 

ここで与えられたコメントにただ納得せずグラフをよく眺めてみるといくつか気づく点があります。

1:凍結胚移植成績は1992年から2003年までの約10年間は毎年改善され妊娠率は右肩上がりに上昇してきたのにその後頭打ちになったのはなぜだろうか?

2:2005年前後から2008年頃までの期間IVF(体外受精)とICSI(顕微授精)の成績が急激に下降しているけれど一体何があったのだろうか?

3:最近10年間にも数多くの治療法が発表され、いろいろな施設のHPでその効果が喧伝されてきたけれど、治療成績が頭打ちだということはそれらの効果はどこへいったのだろうか?

などいくつかの疑問が湧いてきます。

 

1:2000年前後は受精卵を分割胚の段階で移植せず、着床直前の段階である胚盤胞まで体外で培養して一旦凍結保存し、次周期以降に胚移植する凍結/融解胚盤胞移植法の黎明期でした。このため世界中の学会で培養液や凍結法について“これがいい。”“いやこちらの方が優れている。”と喧々諤々の議論が交わされました。そんな時期を経て、凍結/融解胚盤胞移植法が確立したのがちょうど2003年頃になります。現在は分割胚移植に代わって多くの施設が凍結/融解胚盤胞移植法を主流に行っていますから、この治療法は生殖医療においてはエポックメイキングな治療法だったと言ってよいと思います。

 

2:2005年からの妊娠率の低下は単一胚移植の普及によるものです。この時期、妊娠成績を上げるために複数の受精卵の胚移植が一般的に行われており双子、三つ子など多胎妊娠が増加しました。その結果として、未熟児出産の増加、母体の産科リスクの上昇やNICU設備の不足が社会問題となりました。そのため、日本産科婦人科学会が一個の受精卵を戻す単一胚移植を強く勧めるキャンペーンを張り、多胎率は体外受精が始まる前の自然の水準まで下がりました。しかし、その陰には妊娠率の大きな低下があったことを表しています。

 

3:この10年近い期間にも多くの新しい治療法が開発され導入されてきました。卵子にやさしい顕微授精法、受精能の高い精子の選別法、受精が起こりやすい培養液、妊娠率を上昇させる胚移植法、着床を助ける胚移植法、子宮内環境の改善法、最適な胚移植時期の検討法、流産防止のための投薬、様々なサプリメントや漢方製剤などなど。

そして、治療施設のHPやマスコミで喧伝され、患者さんは藁をも掴む思いでその効果を求めて東奔西走してきました。しかし、そのうちの多くのものは忘れ去られ、残りのいくつかはたまたまか必然的にか少数の方に効果があり今も変わらず行われています。しかし、少なくともそれらの治療法がエポックメイキングな治療法でなかったことをこのグラフは物語っていると思います。

 

今振り返りますと1992年の顕微授精法と2000年前後の胚盤胞培養/凍結法の確立が生殖医療を大きく変えたエポックメイキングな治療法であったと思われます。
そして今、次世代シークエンサー(NGS)の登場で遺伝子解析の精度と速度が飛躍的、、、に向上しました(飛躍的というよりも夢のようにと言っても過言でないかと思います。これまで、10年近い時間と数千億円の予算をかけて国家プロジェクトとして取り組んできた遺伝子解析がNGSによって数万円の金額と1‐2週間の期間で誰でも結果を手にすることができるようになったわけですから)。この技術の導入によって移植する前に胚の染色体を調べ、染色体に問題のない胚を移植する(PGT-A)ことが可能になり流産率を劇的に下げることが期待されています。次のエポックメイキングな時代が間もなくやってくると思います。

 

コロナ感染症の対応やワクチン、新規薬剤の開発でも明らかになりましたが、既存の知識を詰め組むことに傾注する日本の教育ではなく、自由な発想力を養うことに注力する欧米の社会から次のエポックメイキングな治療法もやってきそうです。

それまでは、微力ながらも自由で新しい研究開発に取りみつつ、日本人の几帳面さと細部を磨き上げる特性を生かして、無駄を省いた信頼できる医療を行っていきたいと考えています。

 

2023年4月2日 院長 山下直樹