綾の緑と青島の青「‐2016年日本生殖医学会‐」
- 2016年11月7日
- 研究室
秋も深まって参りましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
高度生殖医療研究所の中田です。
11月3日から4日にパシフィコ横浜で開催された日本生殖医学会で2題発表してきました。両方とも精子の研究がテーマとなりますが、会場には多くの方々が聞きに来てくださり、たくさん質問をいただきました。来年に向けて頑張ろうと思う、良い締めくくりになりました。
学会が終わった翌日から宮崎県に行ってきました。祖母が亡くなってちょうど1年目に、祖母の生まれた宮崎に行くことができました。亡くなる前に、宮崎に帰りたい、弟や姉さんの墓参りがしたいと言っていた祖母の願いを叶えることができました。
宮崎駅からタクシーに乗り、運転手さんがリンゴやみかんをくださって、いろいろ話ながらの道中、綾という町と国富という町に行きました。前日まで雨だったということでしたが、暑いくらいの青空でした。車窓からは、たくさんの緑、稲刈りの終わった田んぼの横にはたくさんのコスモス、キラキラと輝く川が見えました。
大学生の頃に自分のルーツ探しで、宮崎にも来ましたが、そのころとほとんど変わらない風景が広がっていました。
お墓参りの後、青島に行きました。鬼の洗濯岩で有名な島ですが、砂のほとんどが貝殻でできています。その砂浜に寝っ転がり、青い空を見上げると、とても爽快でした。
そんな中に思っていたのが、「ヒトの命はいつからが始まりか」。大学生の頃、お坊さんにその質問したら、「胎児からが命」だと言われました。私は、「受精卵は命ではないのですか?」と聞いたら、お坊さんからは「ヒトの形をしたら命だけど個人差がある」、と言われました。「それはおかしいです、ヒトの形をしていない動物の場合はいつからが命になるんですか?動物の胎児はヒトの形をしてないですよ」、と質問を繰り返し繰り返し、したことを思い出しました。お坊さんからは面倒な人間に出会ってしまった、と思われたかもしれませんね。
命や遺伝を考える時、自分では選べないものがたくさんあるのだとよく思います。
だけど、努力次第で変えられるものがあるのだと、卵子や精子、胚を見ていると感じることが多いです。半数体や胚はお坊さんの考えからしたら命ではないのかもしれないですが、単なる細胞だとは思えない大切な細胞です。生命の萌芽、という言葉は適切なのかもしれません。
写真は青島で寝転ぶ私です。祖母との約束を果たし、今年も残り2か月、来年に向けてのエネルギーを供給できました。