胚盤胞の着床に関わる分子メカニズムの解明に向けて 〜論文アクセプトから今後の展望まで〜
- 2022年12月6日
- 研究室
こんにちは。高度生殖医療研究所の甲斐です。
この度、投稿していた論文が無事にアクセプト(受理)されました!!
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0278663
最初の投稿から9ヶ月。4つ目の学術誌への投稿でようやくゴールに辿り着きました。
論文を書き上げるのも一苦労ですが、書き上げた後、論文が受理されるまでの道のりの方が実は過酷です。
投稿した論文は、まず規定に合っているかどうかを事務局でチェックされます。この時点で却下されることもありますが、その場合はだいたい自分の不注意が原因です。
この第一関門をクリアすると、次はエディター(編集者)に回され、内容が学術誌にふさわしいかどうかを判断されます。この時点で不適と判断されて却下されることを、俗に「エディターキック」と呼んでいます。
運良く(?)この第二関門「エディターキック」をクリアすると、次はreviewer(該当する研究領域のエキスパート)へと回され、より専門的なチェックが行われます。通常、reviewerは2-3人いて、それぞれが投稿原稿について批評を行います。その結果によって、却下となるか、大幅な修正を要求されるか、軽微な修正のみを要求されるか、はたまた受理されるかの判断が下されます。この「査読」と呼ばれる工程では、強烈なダメ出しや、ボロクソな批評を受けることだってあります。責任著者には冷静かつ丁寧な対応、そして何より胆力が求められます。これまでの経験から、最初のトライで受理されることは皆無で(分野や学術誌のレベルにもよると思いますが)、却下とならない限り、reviewerを満足させるまで修正が繰り返されます。
そして長い戦いの末、“We’re pleased to inform you that…”という報せ(アクセプト)を勝ち取ることができた暁に、ようやく苦労の日々から解放されるという訳です。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、肝心の内容はと言いますと、胚盤胞を「発育能」・「母体年齢」・「形態(ガードナースコア)」でグループ分けし、遺伝子の働きと染色体異常の有無を各グループ間で比較した、というものです。
当院では胚盤胞を「培養時間」と「サイズ」の2つの指標を使って評価していますが、この評価法は妊娠率と高い相関があることを今年の受精着床学会で発表しています。詳細は下記リンクより。
https://www.ysyc-yumeclinic.com/blog/2022/08/02/
この「発育能」を指標にした胚盤胞の分類には何かしらの分子メカニズムが関わっているに違いない、という仮説のもとにスタートさせたのが本研究です。
今回の論文では、胚盤胞の「発育能」という指標に、新たに「母体年齢」と「形態(ガードナースコア)」の2つの指標を加え、それぞれの指標で遺伝子の働きに共通点があるかを解析しました。その結果、各指標で共通して働きが違っている遺伝子が複数存在することを明らかにしました。
また、我々の結果からは「発育能」と染色体異常のパターンについて関連性は認められませんでした。
これまで実施されてきた研究との相違点として挙げられるのは、
①ひとつの胚盤胞から内部細胞塊(着床後に胎児になる部分)と栄養外胚葉(着床後に胎盤になる部分)を分離し、それぞれを個別に解析した
②ひとつのサンプルの遺伝子の働きと染色体異常を同時に解析した
ことであり、この2点こそが本研究の新規性になります。
本研究で同定した遺伝子は着床に関わっていることが期待される訳ですが、残念ながら現状ではその働きを解析することは不可能です。将来、人工ヒト胚を使った実験モデル等が確立されたら、今回同定した遺伝子の機能解析も可能となり、「非侵襲的で科学的根拠に基づいた胚盤胞評価法の確立」、さらには「胚の妊娠を予測するための遺伝子マーカーの開発」まで可能になるかもしれません(遺伝子マーカーについては倫理的な制約もクリアする必要があります)。
現段階ですぐに医療に応用することはできませんが、このような基礎データを着実に積み重ね、未来へ繋げていくことは重要であり、私たちの使命だと考えています。
論文が年内にアクセプトされたことで、気持ち良く年末年始を過ごせそうです。
クラウドファンディングへの挑戦も含め、今年は個人的に(研究的に)充実した一年でした。
https://www.ysyc-yumeclinic.com/blog/2022/06/24/
来年はさらなる飛躍を目指し、研究活動に励んでいきたいと思います!