第1話 “心を込めて”
- 2012年5月20日
- 院長・医局
私は“心を込めて”という言葉がとても好きです。英語ではgive body and soul to~とかput all one’s heart and soul into~などと訳しますが、この“心”とか“heart”や“soul”などの単語が持つどこか情熱に満ちた熱い語感が好きで、受験生時代に覚えて以来、医師になった今も座右の銘としているフレーズのひとつです。医療に携わってかれこれ三十年になりますが、その間には寿命が削り取られていくのが自覚できるほどの窮地に立たされたことが何度かあります。止めても止めても溢れるように流れ出してくる癌病巣からの出血、どれだけ輸血しても下がっていく出血多量の妊婦さんの血圧、蘇生してもぐったりとして啼き声をあげてくれない赤ちゃん、心肺停止状態で搬送されどんな処置にも全く反応してくれない幼い少年、そしてその傍らでわが子を強く揺さぶりながら泣きじゃくっているお母さん。このような苦境に立たされた際に私の唯一の頼りは最後まで諦めずに“心を込めて”対処することだったように思います。確かに、心を込めれば何もかもがうまくいくというわけではありません。しかし、心を込めて物事に打ち込んでいると、時折思いもかけないmiracleが魔法のように訪れてくれたことも事実です。このような経験から2009年に山下湘南夢クリニックを開院して以来、自戒を兼ねて職員にはひとつひとつの仕事に“心を込めて”対処するよう指導してきました。その甲斐があってかYSYCでは時々miracleが起こります。様々な施設で何年も不妊治療が上手くいかなかった方が妊娠されて十年来の夢を叶えられます。妊娠は絶対に無理だと宣告された方が赤ちゃんをいとおしげに抱いてクリニックに挨拶に来てくれます。このような方たちの笑顔に出会うたびに“心を込める”大切さをスタッフと共に再認識する日々です。
一方、患者さんの不妊治療に対する意気込みも様々です。“仕事が忙しいからその日は来院できない”“仕事を休みたくないから来院の回数をできるだけ少なくして欲しい”“一度だけ治療してうまくいかなければ子供は諦めるつもりだから初めから一番いい方法でやってほしい”などなど診察室で患者さんからよく聞かされる言葉です。これらの言葉は文字通りに皆さんがお忙しいことを意味しているのでしょうが、その裏側には妊娠は簡単にできるはずだという拭いきれない潜在意識が見え隠れしています。なぜなら、癌の治療を受ける患者さんはこのような類の言葉を決して言わないからです。皆さん万難を排して治療に賭けようとします。それでは、なぜ妊娠は簡単にできるはずと心のどこかで確信されている方が多いのでしょうか?その答えは“ちょっと油断したらできてしまった。”と巷でよく言われる言葉が端的に物語っています。作ろうと思っていなかったのに油断したらできてしまった人がどなたでも周りに二人や三人必ずいるからです。また、子供をまだ望んでいなかった頃には妊娠を恐れて一生懸命避妊をしていた記憶を皆さんお持ちだからです。しかし、この現実を逆手に考えると、簡単にできるはずの妊娠が思うようにできない時には、妊娠を邪魔している難しい原因が体の中に潜んでいると考えた方がよいことを示唆しています。そして、難しい課題を克服しようとする時は、これは対象がなんであっても言えることですが、夢の実現を強く願い、心を込めて難題に立ち向かう姿勢や覚悟が大切になってくるように思われます。
診療をする側も受ける側も“心を込める”こと。貴女の願いが叶うための秘訣と考えています。
5月21日 院長 山下直樹