第19話 子供を持つということ|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第19話 子供を持つということ|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第19話 子供を持つということ

羽田から鹿児島へ向かう機中です。

鹿児島に到着後、高速船で二時間の船旅で屋久島に渡り、私の長年の夢であった縄文杉に会いに行きます。明日は早朝四時に宿を出発して、五時間を超える長丁場のトレッキングの後に縄文杉に会う予定です。屋久島という世界でも屈指の風雨の強い環境の中で、数千年という悠久の時間を生き抜いてきたことに思いをはせるとその生命力の強さにただただ圧倒されてしまいます。一般に想像する杉のすっとした樹形とはかけ離れたある種化け物のような縄文杉の写真を見るにつけ、雷や山火事にあわなかった、芽吹いた場所が良かったなどの幸運を巧みに利用しながらも、“誰よりも長く生き抜いてやる”という彼の強い意思を感じぜざるを得ません。天気次第では長くつらい道程になるかもしれませんが、実物の縄文杉の前にたたずむ時間は、心に強く刻み込まれる忘れられない記憶になるだろうと思います。

翌朝、ヘッドライトに照らし出される真っ暗な山道を黙々と歩きながら、先日行った講演のことを思い出していました。

先月末、横須賀市からの依頼で妊活を始めた女性を対象に“妊娠と生殖医療”と題して講演をしました。聴衆の中には妊活を始めたばかりの方もいらっしゃるとのことで、YSYCの不妊治療説明会でいつもお話しているような専門的な話ばかりではなく“子供をもつこと”とはどういうことなのかを講演の口火にしました。

WEBサイトで“子供を持つこと”“子供を持つ意味”などを検索すると、多くのサイトにヒットします。その内容は、子供は自分の命を投げ出せるかけがえのない存在であるというものから、仕事や趣味などがあり子供に束縛されない自由な人生を謳歌しているというものまで様々です。
幸いなことに私は子供に恵まれ、子供を愛し、子供たちも私を慕ってくれます。このため、少し偏りのある私見になりますが、仕事、ペット、趣味、恋人、伴侶、友人など子供に代わりうると言われるものと子供との違いについて考えをまとめお話しました。

仕事:仕事は自分が社会に貢献しているという満足感や課題がうまくはかどった時の達成感を与えてくれます。そしてなによりも報酬をもたらしてくれます。一方、子供は、育児や教育のすべてにわたって自分の時間とお金を費やさなければなりません。仕事に比べれば割の合わない労力を子供は要求します。損得勘定だけを考えれば仕事は子供に勝ります。
それでも、多くの方が子育てに勤しみます。この事実は、仕事からは得られないなにか特別なものを子供が持っていることを意味するのだろうと思います。

ペットや趣味:家族の一員と言われるペットや時を忘れて打ち込める趣味は人生に潤いや安らぎをもたらしてくれます。自分では歩けなくなった老犬をベビーカーに乗せて散歩させているご老人の姿を街角で見かけると見る方の心も温かくなります。そして、ペットは子供と違っていつも従順です。しかし、成長し変わっていく姿を見守る楽しみという点では子供の方がペットよりはるかに大きいように思います。人は何事につけ負けるのは悔しいものです。しかし、子供だけは例外のようで、子供が自分を追い越していくのを見ることは楽しみであり喜びでさえあります。
趣味は時間をつぶしてくれますが、あくまでも自己満足の世界で完結し、子供のように未来への期待を感じることはなかなかできないのが現実だとい思います。

恋人:恋愛感情は激しく時に親子関係を壊してしまう場合もあります。しかし、多くの場合刹那的であり、あるとき突然に夢から覚めてしまうようです。永遠に続くかと思われた恋が引き潮のように消え去ってしまった話を聞くことは星の数より多いかもしれません。
それに対して、親がとりわけ母親が子を思う気持ちは、時がどれだけ経過しても褪せるものではありません。永続性という点で恋愛は母性に太刀打ちできないように思います。

伴侶そして友人:価値観を共有し深く理解し合い阿吽の呼吸で寄り添える伴侶や生涯の友は人生の宝物だと思います。このような伴侶や友人と出会うことは子供を持つことよりずっと難しいことです。ただ、伴侶や友人との間には共に過ごしてきた過去と現在、そして、共に老いていく穏やかなこれからはあっても子供に感ずるような希望に満ちた未来は無いのではないでしょうか。

そう考えると、子供を持つということは仕事や友人を持つことなどでは得られないなにか特別なことがあるように思います。その何か特別なものは人それぞれ違うものだと思います…。
こうして、一時間半の講演はあっという間に終了しました。

“子供を持つ意味がネットやSNSでいろいろ調べてもどうしても私には分からない。先生は子供を持つ幸せって何だと思いますか?先生の場合、話にあった子供を持つことだけにある特別なことって具体的にはどんなことですか?”
講演のあと30代と思われる生真面目そうな女性が質問に来ました。

“お話したように、子供がいなくても豊かな人生を送っている人は大勢います。とりわけ、素晴らしい伴侶や生涯の友がいてくれたらそれで十分です。けれども、私は子供からいろんなことを教えてもらいました。無条件に人を愛することとか、親の有難さとかを。このような感情は子供がいなかったらずっと気づかなかったかもしれません。
些細なことに聞こえるかもしれませんが、帰宅してドアを開けると満面の笑顔でおかえりなさいと飛びついてきてくれたり、穏やかな寝息を立てている子供の可愛い手をつい握りしめてしまう時、愛おしさが心に溢れてきてすべての苦労が報われるように思います。私の場合、そんな時間を持てたことそれだけで十分です。そして、このような気持ちは子供以外では感じることができない特別なもののように思います。
子供を持つということは貴方があれやこれや考えるほどに難しいものではないような気がします。ジャンプする前に、膝の曲げ方、腕の振り方など一つ一つ考え込んでしまっては高く飛べないです。無心になって、思い切り飛び上がると新しい視野が開けて今までと違う自分に会えるかもしれません。”
とお答えしました。
彼女に思い切って飛び上がる勇気が湧いてくれればいいのですが。

五時間を超えるトレッキングと数回の急登の後、縄文杉は霧のベールをまとい厳かに私の前に姿を現しました。標高1,200メートル11月の冷気が汗ばんだ肌を心地よく駆け抜けていきました。しばらくの間、夢の叶ったこの時を楽しみたいと思います。

2017年11月6日 院長 山下直樹