第7話 “変わるべきものと変わってはならないもの”|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

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第7話 “変わるべきものと変わってはならないもの”|山下湘南夢クリニック|藤沢市の不妊治療/体外受精

第7話 “変わるべきものと変わってはならないもの”

先日、大分県で開かれた医学会の会場で旧知の研究者と話す機会がありました。はつらつとしていつも前向きな彼ですが、ロビーのソファに冴えない表情で腰かけていたので“最近、調子はどうですか?”と声をかけてしまいました。“あ、先生、調子?最悪ですよ!”と答えると彼はとはずがたりに近況を話し始めました。彼はここ10年ぐらい受精卵の染色体分析の研究をやっており、その分野では日本の先駆者の一人であり、いくつもの学会でシンポジストとして招待され講演を行ってきた人です。彼は地道にコツコツと問題点を潰していくタイプの研究者で、幾晩も研究所に泊まり込んで粘り強く顕微鏡をのぞきこんでいる後ろ姿を今でも記憶しています。そんな彼の晴れ舞台を見るたびに地道な努力の日々が報われたのだと嬉しく感じていました。しかし、最近アメリカで全く新しい染色体解析法が開発され、ここ1,2年で世界中に急速に広まっているそうです。その方法と比べれば自分のやってきた方法は効率も悪く解析能力も低いため早晩過去の遺物となり誰も振り向かなくなるだろう、と彼は曇った表情で嘆きました。研究の世界はある日突然にすべてが劇的に変わる変化の激しい世界です。公衆電話が携帯電話に凌駕され街角から姿を消し、その携帯電話もまたたく間にスマートホーンに席を譲りつつあるように、現代は、より有用なもの便利なものを貪欲に求めています。最先端Cutting edgeはたったひとつであり、それを目指して多くの研究者が日夜しのぎを削っています。時流を敏感に感じ、一日一日を全力で戦っていかなければ生き残れないのが第一線の研究者の世界です。そのような苦しみを厭うなら、世界でまだ誰も知らない真実に自分が最初に出会うという至上の喜びを得ることはできません。

YSYCの研究部でも最近大きな発見が立て続けにあり、研究員が目の下に隈をつくり点滴を打ちながら論文の作成と特許の取得を急いでいます。世界のどこかで誰かが同じ発見し、それを論文発表した時点で、自分たちの発見は二番煎じとなり価値がなくなってしまうからです。

YSYCは開院して4年になりますが、治療法は開院当時とは随分様変わりしています。これは、日々の診療の中で気づいた問題点や反省点を解決するため、その都度少しずつ改善し、工夫を重ねてきた結果です。今までやってきたこと、自分が良いと信じてきたこと、それなりに結果が出ていることを敢えて変えることはとても勇気と気力を必要とする作業です。それでも、よりよいものを追求せず、同じ毎日を繰りかえすことは怠惰であると謗りを受けてもしかたがありません。研究にしろ、医療にしろ、より良いものへ常に変化することを求められる世界だと考えています。

現在、YSYCでは二回目の増設工事が行われています。それに伴いいろいろな業者から電子カルテ、自動精算システム、バーコードによる患者識別システム等様々な売込みがあります。営業の方の常套句は“あの有名なクリニックもこのシステムを導入されていらっしゃいます。先生のところもそろそろいかがですか!”です。しかし、私は電子カルテや自動精算システムの導入には前向きになれません。自分が患者の立場になって医師を観察するとよく分かるのですが、電子カルテを導入した病院のドクターはパソコンのディスプレイとにらめっこし、キーボードを叩くことに専心しています。時折ディスプレイから目をそらし、横目で患者の顔を見るだけです。これでは医師とのやり取りの中で患者さんの顔に一瞬浮かぶ不安や動揺を見逃してしまいます。患者さんの心の機微や口調の変化を敏感にとらえて、それに合わせてお話を進めていくことが患者さんが満足できる治療であるためにとても大切なことです。その点で、電子カルテには大きな欠点が潜んでいるように思えてなりません。また、駅の券売機で切符を買うように機械に治療費を支払う自動精算機は、診療が終わるとすでに治療費が計算されていますので、急がれる方には便利かもしれません。しかし、私は医者になって30年経ちましたが、今でも患者さんが会計で診療費を支払っている姿を見ると心が痛み、一日でも早く結果を出して患者さんの期待に応えたいと身が引き締まる思いがします。私は、受付職員ばかりでなくYSYCの職員全員が、ただ日々の仕事を淡々とこなすのではなく、患者さんの願いを叶えたいと思う気持ちを持ち続けてほしいと考えています。患者さんから診療費をいただく機会は、多忙な日常の中でついつい忘れがちになる気持ちを新たにする一番の良い機会だと思います。心の通うことのない自動精算システムは、大切なことをどこかに置き忘れてきたシステムに思えます。

太古の昔から現在に至るまで、人の心、喜怒哀楽は不変です。誉められれば誰でも嬉しく、思いが通らなければ誰でも不快になります。医療技術がどんなに進化しても、医療において患者さんの気持に応えようとする真摯さと優しさは変わってはならないものだと思っています。

2013年7月にひと月の採卵数が200件、移植数が120件を越えました。この数字は私が四年前に開院した時に目標としていた数字であり、日本に約600ある生殖医療施設中のトップ10に相当する数字です。

変わるべきものと変わってはならないものをしっかりと見極め、日々の診療に従事していきたいと思います。

2013年9月30日 院長 山下 直樹